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それでも愛してる 1 [天使が啼いた夜 番外編]

今までのアップ分を3話にまとめました。



杉山光流(すぎやま ひかる)十八歳は、このマンションに住み始めて一年が過ぎた事を、母親の一年忌を迎えて改めて思い出した。
(もう一年……)光流は一年前に唯一の肉親だった母を、交通事故で亡くした。
遠縁の肉親はいた。だが父親を五年前に亡くしてから、親戚付き合いは全くという程無くなっていた。だが母の死を機会に何人かの親戚という人間と会った。
光流は未成年である自分の後見人になるという申し出を、素直に受け入れられないでいた。

貧しい生活の中、保険などには入っていなかったが、相手方の保険で三千万の保険金が下りた。今まで殆ど親戚付き合いの無かった名ばかりの親戚を、光流は信じる事が出来なかった。贅沢かもしれないが、母が残してくれたお金で大学までは行きたいと願っていた。

母の遺品を整理している時に、文箱から何通もの葉書を見つけた。そこには浅田総一郎の名前が書かれていた。時候の挨拶の最後に毎回『何か困った事があったらいつでも訪ねてきなさい』と言葉が添えられていた。

光流は、この人なら信用できそうな気がしていた。光流は葉書の住所を頼りに、浅田総一郎を訪ねた。
芳名帳には名前があったが、光流はその顔を初めて見て失望を隠せなかった。
だが浅田は訪ねて来た光流を、気持ち良く迎えてくれた。
「お母さんの葬式に出席できないで申し訳なかった」と光流に頭を下げてくれる。
事情を聞けば、丁度ぎっくり腰になり息子を代理で出席させたと説明してくれた。
「ぎっくり腰ですか……」
「ああ、息子に酷く叱られたよ、年甲斐も無く児童とドッチボールなどするからだと」
「ドッチ……」その理由に光流も失笑してしまう。

「今日はどうした?」
「はい、僕の後見人になって頂けないでしょうか?」
「後見人に?」
「はい、生活に掛かる費用は自分で出します。一人でも生活出来ます。でも……」
「そうだな、君は未成年だから法的には一人暮らしなどさせられないな」
「はい……」
「実は私も気にはしていたのだが、私よりも近い親戚はいるだろうからと、遠慮していたんだ」
「あの人達は……」光流は自分が手にした保険金目当てとは、浅田に言えなかった。未成年である自分はそのお金すら自由にする事は出来ないのだ。

「光流君、高校は何処だ?」
「都立早川高校です」
「そうか、優秀だな」
そう言うと浅田は、何かを考えるように黙りこくった。
光流は、浅田が次に口を開くのを静かに待った。

「いいだろう、私が後見人になろう」
「あ……ありがとうございます!」少しだけ光流に明るい光が差した。光流は法的な事が解決されれば、一人で暮らす事など何でも無かった。真面目に高校に通い、大学へも進学するつもりでいた。

「君が成人するまで、一人暮らしは駄目だからな」そんな光流の心を見透かしたように、浅田が釘を刺した。
「じゃ……どうすれば?」
「ここからじゃ君の高校に通うのは、少し時間的にキツイだろうから、うちの息子の部屋に居候すればいい」
「息子さんの?」そう言えば、自分の代わりに、息子を葬式に出席させたと言っていた。
「ああ、あれのマンションからだったら、高校まで三十分くらいだ。勉強する時間も充分に取れる。大学にも行きたいのだろう?」

「……はい」言い出しにくい事を言ってもらえて、光流は胸が熱くなる思いだった。
そんな光流に満足したように浅田も頷いていた。
「勉強は好きなだけした方がいい」さすが教育者だ、学びたい心を気づいてくれた。

「あ、でも息子さんに断りもしないで、決めるわけには……」
「大丈夫だ、どうせ寝に帰るだけの部屋だ。息子はDOMOTOという会社で、社長秘書なんぞやっている。忙しさにかまけて恋人すら居ない……まぁ仕方ないか……」
最後の一言は、諦めたような口調だった事に光流は首を傾げた。
高校生の光流ですら、DOMOTOという会社は知っている、そこの社長秘書だったら、かなり有能なのだろうと察しが付いた。

「あの、もし息子さんが少しでも、いやな素振りや迷惑だと言われたら無理じいしないで下さいますか?小父さんが一人暮らしは駄目だと言われるのでしたら、ここの物置にでもおいて下さい。一時間半くらいなら通えない距離じゃないので……僕……」
光流は自分で言っていて何故かとても寂しくなった。勉強できる環境を与えてくれるという人がいる事だけでも感謝すべきなのに、自分で物置などと言ってしまい、自分が哀れで惨めだった。

「まあ、そんなに結論を急ぐ事はない。ちょっと待ちなさい」
そう言うと、浅田は電話を取り上げ何処かに掛けていた。
誰かと挨拶を交わしているのを、光流はぼんやりと眺めていた。

暫くすると電話の相手が変わったのか口調が砕けたものになった。
「おい、高校生を預かる事にした、お前の部屋においてやれ」何の飾りも説明もない言葉に光流の方が慌てた。
「お、小父さんそんな言い方したら……」上手く行くものも行かなくなる。そう言いたかったが、光流はその口を閉じた。自分が何かを言える立場では無い事に気づいたからだった。


光流の心配と不安を他所に、その後二言三言言葉を交わし、浅田は電話を切った。
「えっと光流君?」
「小父さん……」
きっと駄目だと言われたに違いない、すまなそうな顔の浅田を見て光流は内心項垂れた。

「光流君……」「は、はい……」
「急な事で悪いのだが、日曜日しか空いていないそうだ。日曜日に光流君の所に行かせるよ」
「え……?」
光流は浅田の言っている事が理解出来ずに、目を白黒している。
「ん?」そんな光流に不思議な視線を浅田は送った。

「光流君の今の住まいは賃貸だった?」
「はい、二DKの賃貸で母と暮らしていました」
「引き払うのに未練はないかい?」
「……はい」
生まれた時から持家に住んでいたら、愛着も未練も、そして何よりも思い出があるだろうが、幸か不幸か住居に関してそういう愛着は無かった。

「そうか、では私の方で引き払う手続きをしてもいいか?後見人として?」
「は、はい。お願いします。お世話をお掛けします」
深々と頭を下げる光流のその頭を、まるで子供にするように、浅田は撫でた。
頭を下げたままの光流は目頭が熱くなり、直ぐには顔を上げる事ができなかった。

「ありがとうございます、小父さん」
「ああ、困った時はお互い様だ。うちの息子もたまには役に立つってもんだ」
「あの……本当に息子さんは大丈夫って言われたのですか?」
電話のやり取りがあまりにも、簡単で早かった事で光流はまだ信じられないでいた。
普通ならもっともめてもおかしくは無い。突然見ず知らずの子を住まわせろと言われて、簡単に承諾する者がいるとは思えない。

「とにかく一緒に暮らしてご覧。不都合があったら、その都度考えればいい事だ。先ずは行動する事が大事だよ」
「はい……本当に……」光流は再び声を詰まらせ、それ以上は言葉に出来なかった。
「若い人は甘えればいいのだよ」
光流は、この人の息子ならば心配は要らないと思った。


―――その頃、DOMOTOでは

「親父さん急に何だったんだ?」
「子供の世話をしろって……」
いつが都合いいかと聞かれ、日曜日しか体が開いていない旨を伝えたが、浅田はまだ本当の事情を理解してはいなかった。
業務終了した時間は、言葉使いに遠慮もいらない親友同士だ。そこにノックの音がする。
仕事が終わったら勝手に入って来いと何度言っても、紫苑は真面目にドアをノックする。

「失礼します」
紫苑曰く、誰が社長室の中にいるか分からない状況で不作法は出来ないという事だ。
「お疲れ」
「はい、お疲れ様です」一日が終わったというのに朝の爽やかさをキープしている紫苑に、紫龍が優しい笑みを向けた。

「あ、紫苑日曜日何も無かったよな?」
「はい、特に予定は入れていませんよ」
「浅田が赤ん坊の世話をするそうだ、一緒に行くか?」
「あ、赤ちゃん!?でも、どうして浅田さんが?」
「何か知らんが、浅田の親父さんの言いつけらしい」
「僕も赤ちゃんと遊びたいです」

「ふふ、そうか紫苑は赤ん坊のあやし方が上手そうだな」
紫龍が何を想像しているのか、目尻を下げてそんな事を言った。
「僕、赤ちゃんの世話はした事ありません。自分よりも年下の人間って周りにいないんです」

祖母に育てられ、大人に囲まれて育った紫苑だ。自分よりも小さい者弱い者には、あまり縁が無かった。
「凄い楽しみです、本当にお邪魔して良いですか?」
浅田に向かって確認する紫苑を後ろから、紫龍が抱きしめている。
「いいですけど……当日になってドタキャンは無しにして下さいよ」
浅田はその言葉を紫龍に向けて言った。



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