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それでも愛してる 3 [天使が啼いた夜 番外編]

「櫻井紫苑君?」
「……ごめんなさい」
帰りの車の中で紫苑は小さくなっていた。光流に自己紹介する時につい『櫻井紫苑』と言ってしまった事を紫龍は、暗に責めているようだった。
どう見ても自分と紫龍では兄弟に見えない、かと言って親戚というのも抵抗があったのだ。会社では堂々と言えるのに、どうして隠してしまったのか自分でもよく判らなかった。

純粋な目をした光流の前では、ただ言えなかっただけなのだ、他意は無かった。だけど紫龍を傷つけた。だが、浅田も紫龍もその場では何ら訂正しなかった。
「まあいい。どう名乗ろうが紫苑は紫苑だ」
「はい……」
光流とは友達になりたかっただけだ、お互いをよく知る前に偏見の目で見て欲しくなかった。
「友達になれそうか?いや、なってやってくれ」
「勿論!」車に乗り込んで初めて紫苑が笑顔を見せた。そんな紫苑を、ハンドルを握りながらちらっと見る紫龍の目は、怒りも悲しみも無かった。

「飯でも食って帰るか?」
「もう魚の下ごしらえも終わっているし……家で食べたいです」
「大変じゃないか?毎日。休みの日くらいのんびりすればいいのに……」
毎日真面目に仕事をした上に家事まできちんとこなし、その上主婦顔負けの食事を用意してくれる紫苑に労りの言葉を掛けるが、紫苑はその気持ちだけで充分だった。紫龍には栄養バランスの良いきちんとした食事を摂ってもらいたい。

「そうか、俺も紫苑の手料理の方がいい。だけど無理はしないでくれよ」
「はい、でも結構手抜きもしているんですよ」
「そうか?」全くそんな事は無いと思ったが、きっとそんな話をしたらキリが無いと思って紫龍もその話は終わりにした。

それよりも肝心な話がしたい。
「えっと……夕べはゆっくり眠れたか?」
夕べは世話するのが赤ん坊だと思っていた紫苑が、夜の交わりを拒否したのだ。折角の休日の夜だったのに……と紫龍はそっちの方が残念で仕方なかった。

信号待ちの僅かな時間に紫苑の耳元に唇を寄せて、まるでキスするかのように囁いた。
「今夜はしような……」
一週間ご無沙汰だ、紫苑は真っ直ぐ前を向いたまま、小さく頷いた。その頬が染まるのを確認してから紫龍はアクセルを踏み込んだ。


一方浅田の部屋では大掃除が始まっていた。指示してくれれば自分でやる、と言う光流の言う事など聞かないで、浅田はテキパキと動いている。言う程取り散らかっていなかったので、一時間ほどで部屋は見事に片付いた。
「これでいいでしょう」浅田が満足げに呟いたのを光流は緊張した面持ちで聞いていた。
その緊張は、浅田の部屋に来てからずっと続いている。

「荷物はそれだけ?」
光流の持って来た二つの鞄を見ながら、浅田が聞いて来た。
「いえ……明日辺りには届く予定です」小さくなって光流がそう答えた。
「ここに?」
「……はい、先日浅田さんのお母さんが片づけを手伝いに来て下さって……」
光流は今直ぐにこの部屋から飛び出したいような気分で言葉を続けた。家主に勝手に荷物を送り付けたのだ、不愉快に思われるのは分かっていた。

「そうですか。私は明日仕事ですので、自分で荷物受け取れますよね?」
浅田の口調は今までと何も変わっていない。あの堂本紫龍という男には砕けた口調だったのに、紫苑や自分には、こういう口調なのだ。
「はい……」
「少し埃っぽい、私は軽くシャワーを浴びてきますので、君も後でシャワーを使いなさい」
「はい……」

浅田がそう言って部屋を出て行くと、光流はへたへたと床に座り込んで大きな溜め息を吐いた。緊張の連続で眩暈がしそうだった。
だが、もうここで生活して行く事が決まったのだ、浅田に嫌われないように、迷惑を掛けないように気を付けようと心に誓った。


浅田は温めのシャワーを浴びながら、あの日の事を思い出していた。
一年程前、紫龍が紫苑を伴って名古屋に一泊で出張した日だ。ぎっくり腰で動けなくなった父の代理で葬式に出席した。一度も会った事のない人の葬儀など、はっきりいって億劫であった上に、車で名古屋までデート気分で出かけた社長である紫龍に当て擦りのように、社の黒塗りの車で会場に乗り付けたのだ。ああいう派手な事は自分らしく無かったが、勢いもあってそんな事をしてしまった。

そして喪主を見て驚いたのを憶えている。それは高校の制服を着た少年だった。
本当に小さな形式だけの葬儀に、黒塗りの車で来てしまった事に少年を見て後悔もした。芳名帳に父の名前を書いただけで、喪主の少年に特別に声を掛ける事もしなかった。それも後に後悔した事だった。


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コメント(2) 
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コメント 2

甲斐

「いったん下げる」とおっしゃっていたので、??と思ってました

紫苑ちゃんが可愛い赤ちゃんのお世話できなくなったがっかり感がよーく伝わってきます
前の日から身を清め万全の体制で来たいんですものねぇ
でも清めた身を今夜は・・・ですけど
アチラの方もアクセル踏んでGO!!でしょうか

紫苑と赤ちゃんかぁ
似合いますよね
子育てさせたい!
いつか余裕がありましたらそんなお話も読んでみたいです
パラレルとかで産ませてみる(科学の進歩で男性でも可能になりましたって?)
あるいは一時的に預かることになるとか(妻の入院で福利厚生課に困って相談に来た男性社員から)
わぁーなんか紫苑と赤ちゃんで遊んでしまいましたね、すいません
赤ちゃんネタは好きというわけじゃないのですが、
紫苑ちゃんに関しては不思議と妄想して萌えました

あちらで連載中のラストダンスも含めてみんな好きなのですが
私にとって”天使が~”は原点という気がして一番好きなのでつい懐いてしまいたくなります

by 甲斐 (2011-09-10 12:43) 

NK

クンクン、あー紫苑ちゃんの香りがする。
追跡に時間がかかりましたがやってきました。
どうやら浅田さんの周辺のお話らしいですが、好物(←完全に日本語が崩れ
ている)の紫苑ちゃんが登場したのでやってきました!

社会人になった紫苑ちゃんって第三者から見ると「青年」なんですね。
光流くんという高校生の目線から見たからかなぁ。
紫苑ちゃんて、性別も年齢も不詳で、やっぱり私から見ると天使という
別物のカテゴリなんです。。すぐお母さん目線になっちゃうし。

浅田さんってそういえば紫苑ちゃんの側にいても庇護欲を感じることない、
冷静すぎて不思議な存在でした。
(紫苑ちゃんのはじめてのお使いシリーズで楽しんではいたけれど)
この先の展開がワクワクです。
by NK (2011-09-12 18:51) 

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